大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)2690号 判決 1959年6月20日
第一九一九号事件原告・第二六九〇号事件被告 帝人商事株式会社
第一九一九号事件被告 株式会社 五洋
第一九一九号事件被告・第二六九〇号事件原告 二宮到 外一名
主文
昭和三〇年(ワ)第一九一九号事件の被告等は連帯して右事件の原告に対し金二、八七〇、五九三円及びこれに対する昭和二九年一〇月二八日から支払済まで年六分の割合による金員を支払うべし。
昭和三一年(ワ)第二六九〇号事件の原告等の請求はこれを棄却する。
昭和三〇年(ワ)第一九一九号事件の訴訟費用は同事件の被告等の負担とし、昭和三一年(ワ)第二六九〇号事件の訴訟費用は同事件の原告等の負担とする。
本判決は第一項に限り、同項記載の原告において同項記載の被告等に対し、それぞれ金一、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは各仮りに執行することができる。
事実
昭和三〇年(ワ)第一九一九号事件原告、昭和三一年(ワ)第二六九〇号事件被告(以下単に原告と書く)は、昭和三〇年(ワ)第一九一九号事件につき、主文第一項及び第三項前段と同旨の判決と保証を条件とする仮執行の宣言を求め、昭和三一年(ワ)第二六九〇号事件につき主文第二項と同旨の判決を求め、昭和三〇年(ワ)第一九一九号事件の請求原因及び昭和三一年(ワ)第二六九〇号事件の答弁として、原告は内外物資の輸出入及び販売業、問屋業、各種繊維工業品及びその原材料の製造加工販売業を営む会社である。
昭和三〇年(ワ)第一九一九号事件の被告株式会社五洋(以下単に被告五洋と書く)は帆布製品、各種繊維製品の縫製加工販売、船舶装備品及び室内装備品の加工販売、各種ゴム製品、皮革製品の加工販売、一般雑貨及び食料品の販売を業とする会社、
昭和三〇年(ワ)第一九一九号事件被告、昭和三一年(ワ)第二六九〇号事件原告(以下単に被告と書く)二宮両名は夫婦であつて、被告五洋の代表取締役友永勝と親族関係にあるものである。
原告は被告五洋に対し、昭和二九年四月二七日(イ)帆布六番スレン防水二、八八九ヤードを代金一、四九二、八六二円、(ロ)帆布八番硫化建防水三、七三四・七ヤードを代金一、三七七、七三一円納期は何れも同年五月末日の約定で売渡し、その代金合計金二、八七〇、五九三円の支払として被告五洋から満期を同年七月二八日とする約束手形の振出交付を受け、満期に適法な支払呈示をなしたが支払を拒絶された。
被告二宮両名は昭和二九年三月一一日被告五洋が原告に対し負担した繊維製品の売買その他の商取引より発生する債務について連帯保証をなし、且つ被告二宮両名共有に係る別紙物件目録記載の不動産に対し債権極度額四、八〇〇、〇〇〇円、期間の定めのない根抵当権を設定し、同月一二日東京法務局中野出張所受付第三二五二号をもつてその登記手続をなした。
原告主張の(イ)、(ロ)の商品は原告が昭和二九年四月五日被告五洋から買受けたものであつた、その買受代金は(イ)は金一、三〇〇、〇五〇円(六番帆布代金と防水加工費の中値は合計一ヤール当り金四五二円となるところ、一ヤール金四五〇円に協定)、(ロ)は金一、一二〇、四一〇円(八番帆布代金と防水加工費の中値の合計は一ヤール当り金三〇八円であるところ、一ヤール金三〇〇円と協定)であつて、納期は同年五月末日である。原告は昭和二九年四月五日に被告五洋から買受けた(イ)(ロ)の商品を同月二七日に被告五洋に売渡したものであつて、右二 の売買契約は共に履行済である。そして四月二七日に売渡した際の代金は、仕入代金二、四二〇、四六〇円、縫製加工賃三五〇、三九四円、利潤九九、七三九円を合計して定められたものである。
被告等は本件売買と昭和二九年二月二四日の売買との間に関連があるが如き主張をするが、右主張は否認する。原告は被告五洋から昭和二八年一二月二九日シートカバー外一八点の商品を代金二、二五一、七〇〇円で買受け、同日現金をもつて代金の支払を了し、次ぎに原告は昭和二九年二月二四日右同一商品を代金二、四二〇、四六〇円で被告五洋に売渡し同被告振出の金額二、四二〇、四六〇円、満期同年四月七日の約束手形の振出交付を受けたが、右手形は支払済となつた。なお右代金は買入価額に純益五分を加算した金二、三六四、二八五円に、昭和二八年一二月二九日から昭和二九年四月七日まで九九日間、日歩二銭四厘の割合をもつて計算した金額五六、一七五円を加算して定めたものである。
仮りに被告五洋の経営操作の必要上、金融操作的特色のある取引がなされたとしても、それは被告五洋の内部事情であり、また契約の内面的事情であつて、これがため対外的な売買契約、再売買の予約、あるいは買戻約款付売買契約の効力に何等の影響を及ぼすものではない。
仮りに本訴債権が売買代金債権であると認められないとすれば、原告は被告五洋に対する貸金として請求する。即ち原告は昭和二八年一二月二九日本訴金員を被告五洋に貸付けたものであつて、右貸金は繊維製品の売買取引またはその維持、継続のためになされたものであつて、本件根抵当権及び連帯保証の被担保債権に属するものである。
被告二宮両名によつて保証された債務は原告と被告五洋との取引より生ずる総ての債務である。即ち甲第一号証の根抵当権設定契約書には「右債権者債務者間に於て繊維製品の売買並に其他の商品取引より発生する債務の履行を担保する為め」と記載せられているが、右「商品取引」とあるのは商行為の意味である。原告及び被告五洋は何れも繊維製品を取扱う会社であつて、その他の商品を取扱つていないのみならず、この契約は原告会社原糸部にのみ関連するものであるから、繊維製品以外の商品について取引する道理はない。また「其他の商品取引」が、被告等の主張するように、「其他の商品売買」であるとするならば、そのように記載すべきものである。特に「取引」なる用語を使用したのは、「其他の商行為」なる意味を表すためである。
また丙第二三号証には、原告と被告五洋との間において「繊維製品の売買並に其他の商品取引を為すに付右商行為より発生する当社は貴社に対する債務の履行を担保するため」なる記載が存するが、右「其他の商品取引」が繊維製品以外の商品の取引なる趣旨であるとすれば前述の如く、現実の取引状態と相違している。従つて右「其他の商品取引」とは繊維製品の売買に直接間接関連する一切の商行為を意味するものに外ならない。そうだとすると「商品取引をなすに付右商行為より発生した債務」なる辞句は重複した記載であるから、このような原案が存在する筈がなく、仮りにこのような原案が存在したとすれば、何れか一方が削除せられたことは当然である。
更に本件根抵当権は昭和二九年二月二四日被告五洋が売買代金支払のため手形振出をなすことを承認する条件として設定登記せられたのであるから、この取引による債権が根抵当権の被担保債権なることは疑の余地がない。同月二七日の取引も前同様、本件根抵当権の存在を前提とするものであり、また被告五洋から債権譲渡を受ける際、本件係争債権は根抵当権によつて担保せられるものとして、債権譲渡の計算関係から除外しているものである。
被告五洋主張の債権譲渡を条件として金三〇〇万円を融通する約定をなしたことは否認する。
原告は被告五洋から昭和二九年六月二九日、七月二四日、八月一〇日、九月一五日の四回に亘り、同被告の取引先に対する債権の譲渡を受けたが、債権譲渡の通知をなしたこともなく、債権の取立は原告と被告五洋が協力して取立てたものもあるけれども、その大部分は被告五洋自身で取立て原告に入金したものである。
昭和二九年六月二九日以降原告が被告五洋から債権譲渡契約の名義の下に弁済を受けた金員は金七四八八、〇二五円であつて、右金員のうち金二二四三、七七九円は、四月七日金二二七、〇八八円(丙第一九号証の手形)、同月二四日金二〇一六、六九一円(丙第一六号証、同第一七号証、同第一八号証の手形)の弁済に充当し、残額金五二四四、二四六円は昭和二九年六月三〇日以降の取引による売掛代金債権の支払に充当した。
なお債権譲渡名義の入金は帳簿上仮受金勘定として処理し、入金の都度仮受金台帳から売掛金台帳に振替移記した。そして原告が昭和二九年七月五日から昭和三〇年七月二日までの仮受金は合計金七、五四八、〇二七円である。
以上のとおり、本件根抵当権の被担保債権が現存する以上、原告が別紙物件目録記載の物件に対してなした競売申立は適法であり、右物件についてなされた根抵当権設定登記の抹消手続を請求することは許されない。
よつて被告等三名に対して売買代金二、八七〇、五九三円及びこれに対する弁済期後である昭和二九年一〇月二八日から支払済まで年六分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるため本訴に及んだものであつて、右請求は認容せらるべきものであると同時に、別紙物件目録記載の物件についてなされた根抵当権設定登記の抹消手続を求める被告二宮両名の請求は失当として棄却せらるべきものであると陳述し、
証拠として甲第一ないし五六号証(但し同第二号証ないし七号証、同第二七号証ないし二九号証、同第三六号証ないし三九号証、同第五二、五三号証は各一及び二、同第五一号証は一ないし三)を提出し、証人天羽正人、同乾武雄、同富重節義、同前田太美蔵(第一ないし第三回)の尋問を求め、乙第一ないし四号証は不知、同第五ないし一六号証は成立を認める。丙第一号証、同第九、一〇号証、同第一二号証、同第一五号証、同第二二号証ないし二六号証、同第二八号証ないし三五号証は不知、爾余の丙号各証は成立を認めると述べた。
昭和三〇年(ワ)第一九一九号事件被告、昭和三一年(ワ)第二六九〇号事件原告(以下単に被告二宮両名と書く)、昭和三〇年(ワ)第一九一九号事件被告株式会社五洋(以下単に被告五洋と書く)は、昭和三〇年(ワ)第一九一九号事件につき、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、被告二宮両名は昭和三一年(ワ)第二六九〇号事件につき、原告は被告二宮両名に対し、別紙目録記載の土地建物につき昭和二九年三月一二日東京法務局中野出張受付第三二五二号をもつてなされた、設定日昭和二九年三月一一日、債権者原告、債務者被告五洋、債権極度額金四、八〇〇、〇〇〇円なる根抵当権設定登記の抹消登記手続をなすべし、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、被告五洋は答弁として、被告二宮両名は答弁及び請求原因として、原告及び被告五洋が原告主張のような営業を営む会社であること、被告二宮両名が夫婦であることは認めるが、原告主張の売買の事実は否認する。
昭和二九年三月一一日、原告と被告五洋及び被告二宮両名間において、被告五洋の原告に対する「繊維製品の売買並びに其他の商品取引より発生する債務」の履行を担保するため、債権者を原告、債務者を被告五洋とし、被告二宮両名は被告五洋の右債務につき連帯保証人兼物上保証人として、被告二宮両名の共有に係る別紙物件目録記載の土地建物に対し、原告のため債権極度額金四、八〇〇、〇〇〇円、契約期間、利息支払方法は別に定める旨の根抵当権設定契約を締結し、同月一二日、東京法務局中野出張所受付第三二五二号をもつてこれが登記を経由した。
被告二宮両名が連帯保証をなし、根抵当権を設定した債務は被告五洋が原告から仕入れる商品代金債務に限定されているところ、被告五洋は原告に対する商品代金債務を全部決済し、現在原告に対し、何等の商品代金債務なく、原告が本訴において被告等に支払を請求する債権は被告五洋に対する貸金債権であるから、被告五洋は商品代金としてはこれを支払う義務なく、被告二宮両名も前記根抵当権設定契約に基く責任を負うべきものではない。
原告は昭和二九年一一月一九日被告五洋及び被告二宮両名に対し、前記根抵当権設定契約に基き、被告五洋に対する債権額二、八七〇、五九三円及びこれに対する同年一〇月二八日以降支払済まで日歩三銭の割合による利息を三日内に支払うべく、右催告期間を徒過するときは、前記根抵当権を実行し、且つ右契約に基く取引を将来に向つて解約する旨通知し、被告五洋は原告からの取引解約の申入に応じ、これを承認し、右当事者間の継続的取引関係は終了した。原告と被告二宮両名間の根抵当権設定契約には期間の定めなく、原告と被告五洋間の取引関係が終了するときは、根抵当権設定契約も終了すべき約旨であつたので、被告二宮両名は原告に対し、同月二九日前記根抵当権設定契約を解約する旨の意思表示をなすと共に根抵当権設定登記の抹消手続を請求した。
然るに原告は前記根抵当権の実行として、東京地方裁判所に別紙物件目録記載の不動産につき競売手続の申立をなし、現に同裁判所昭和二九年(ケ)第二一二九号事件として係属中である。
甲第一号証(根抵当権設定契約証書)作成の事情及び原告が本訴において支払を請求する債権が商品売掛代金債権にあらずして貸金債権なりとする詳細は次ぎのとおりである。
被告五洋の代表取締役友永勝は昭和二九年二月被告二宮両名に対し、原告作成に係る丙第一号証「商行為より生ずる債務の履行を担保する根抵当権設定契約書」に基き根抵当権設定並びに連帯責任の契約を締結してもらいたいと懇請したので、被告両名は右契約書を検討したところ、被担保債権として「繊維製品の売買並に其他の商品取引を為すに付右商行為より発生する債務を担保するため」と記載されていた。そこで被告両名は被担保債権を被告五洋の仕人れる商品代金に限定しておかないと不測の損害を蒙る虞があるので、特に文意あいまいな「右商行為より発生する債務の履行を担保するため」の字句を削除して甲第一号証の契約書を作成したのである。
原告は被告五洋に対して金二、八七〇、五九三円の売掛代金債権を有すると主張するけれども、右金員は売掛代金ではなく貸付金である。即ち原告は訴外帝国人造絹糸株式会社の製品の販売を主たる業とし、被告五洋は原告から主として右訴外会社の製品を買入れ、帆布、シートカバー、作業衣等に縫製加工して他に販売することを業とするのであつて、原告においては買勘定なるものは存在しないであるが、昭和二八年一二月二九日被告五洋の代表取締役友永勝は越年資金に窮し原告会社専務取締役天羽正人、同課長乾武雄に対し借入金の申込をなしたところ、原告は何人にも貸金をしないことに内定している関係上、右天羽、乾、友永は通謀の上、原告は被告五洋から帆布シートカバー一五枚金三〇〇、〇〇〇円他一八種の縫製品を買入れ、同日小切手で右代金を被告五洋に支払つた如く仮装して金二、二五一、七〇〇円を貸付けた(丙第二号証の表)。そして右債権の存在を証明する方法として原告は昭和二九年二月二五日被告五洋に対して前記商品を手数料一一二、五八五円(金二、二五一、七〇〇円の五分)を加えた金二、三六四、二八五円で売戻した如く仮装して、これを売掛金勘定として記帳した。
被告五洋は右仮装代金二、三六四、二八五円に金利金五六、一七五円を加えた金二、四二〇、四六〇円支払のため、昭和二九年二月二七日原告に対し右金額を手形金額とし、満期を同年四月七日とする約束手形一通を振出交付し(丙第三号証)、原告は同年三月六日右手形を株式会社三和銀行において割引した。
被告五洋は昭和二九年四月五日に至り、原告に対して振出交付した前記約束手形の支払に窮し、再び原告に対し手形金の支払延期を求め、原告はその方法として右手形の「お迎え」をなすこととなり同日被告五洋に対し金二、四六〇、四六〇円の小切手を交付し(丙第二号証)、被告五洋は右小切手を不動銀行九条支店に入金取立の上これを引出し、三和銀行大正橋支店に入金して前記約束手形を落した。
被告五洋は同年四月二七日訴外三和縫製株式会社への支払に窮し、更に原告に対し借入金の申込をなし、原告は縫製賃を被告五洋に支払つた如く仮装して金三五〇、三九四円を貸付けた(丙第二号証)。これと同時に原告は前記手形決済資金として被告五洋に交付した金二、四二〇、四六〇円の処理方法として(イ)帆布六番スレン防水布二、八八九ヤードを金一、三〇〇、〇五〇円、(ロ)帆布第八番硫化建防水布三、七三四・七ヤードを金一、一二〇、四一〇円で被告五洋から買受けた如く仮装して記帳した(丙第二号証)。
そこで原告は被告五洋に対する前記貸付金二、四二〇、四六〇円及び金三五〇、三九四円並びに金利金九九、七三九円(合計金二、八七〇、五九三円についての債権を証明するため、昭和二九年五月二七日前記(イ)の商品を金一、四九二、八六二円、(ロ)の商品を金一、三七七、七三一円、合計金二、八七〇、五九三円で被告五洋に売戻した如く仮装した。
次いで被告五洋は同年六月二日右仮装売買代金支払のため原告に対し金額二八七〇、五九三円、満期同年七月二八日、支払地振出地共大阪市、支払場所株式会社三和銀行大正橋支店なる約束手形一通(丙第四号証)を振出交付した。
原告は貸金としては被告二宮両名に請求できないので、同年一〇月二八日故意に右手形金を売掛金に振替え(丙第五号証)、同年一一月八日被告五洋から原告宛右金二、八七〇、五九三円の債務承認書(丙第六号証の五)を受領し、前記約束手形を被告五洋に返還したのである。被告五洋は原告に対し右借入金に対しては金繰りのつく都度、その利息を支払い昭和二九年 月八日に至つたものである。
以上のとおり原告請求の金二、八七〇、五九三円は売掛代金ではなく貸金であるから、被告等に対する本訴請求は失当であると共に原告は被告二宮両名に対し、別紙物件目録記載の不動産についてなされた根抵当権設定登記の抹消手続をなすべき義務あるものであると陳述し、
被告五洋は、仮りに被告五洋に本訴債権の支払義務があるとしても、昭和二九年七月二日、原告会社社員前田太美蔵は被告五洋に対し、被告五洋が資金に窮していることを社長に話したところ、債権譲渡をすれば、金三〇〇万円位出してもよいとの事であるから、被告五洋が取引先に対して有する債権を譲渡せられたいと要求し、被告五洋は同月六日及び七日に約一〇〇、〇〇〇円の支払手形の期日が到来するのでその時までに金融を受けないと倒産の破目に陥るやも測り難い旨念達し、前田も必ず責任をもつて融通すると確約したので、被告五洋の取引先に対する債権を原告に譲渡した。ところが原告は右融資の約定を履行しないため、被告五洋は同月七日手形の不渡を出し、一般の信用を失い営業不振となり、次ぎのような損害を蒙るに至つた。
(一) 被告五洋の昭和二六年九月から昭和二九年八月まで三年間の総売上は一ケ年平均三二、二七七、八四一円であるところ、昭和二九年九月から昭和三〇年八月まで一年間の総売上は金四、一九三、八八九円に減少し差引一ケ年金二八、〇八三、九五二円の売上の減少を見るに至つた。
(二) 右売上総額の内約七割が手袋類で、残余は天幕類であるところ、手袋類についてはその二割が純利益であり、天幕類についてはその二割五分が純利益である。
(三) 従つて純利益の減少は手袋類については三、九三一、七五三円、天幕類については金二、一〇六、二九六円、合計金六、〇三八、〇四九円である。
右純利益の減少は原告の債務不履行によつて生じたもので、被告五洋は同額の得べかりし利益を喪失し、損害を蒙つたのであるから、原告はこれを賠償する義務がある。よつて右損害賠償債権と本訴債権と対当額において相殺の意思を表示する。従つて原告の本訴債権は既に消滅し存在しない。
仮りに右事実が認められないとしても、被告五洋は昭和二九年七月五日から同年一〇月五日までの間に合計金五、三九九、一一八円を原告に支払い、また原告は被告五洋から債権譲渡を受けたりとなし、第三債務者たる神戸製鋼株式会社その他から直接金一、八八〇、五〇七円の支払を受けているから原告の本訴請求は失当であると陳述し、
証拠として被告五洋は乙第一ないし四号証の各一、二、同第五号証ないし一六号証を提出し、証人西出他家、同那波新三郎(第一、二回)存び被告五洋代表者本人(第一ないし三回)の尋問を求め、なお被告二宮両名提出の証拠を利益に援用し、被告二宮両名は丙第一号証ないし第四四号証(但し同第一号証、同第五号証、同第九号証、同第一三号証、同第二一号証、同第二三号証、同第二九号証、同第三三号証、同第四〇号証は一、二、同第六号証は一ないし七、同第一一号証は一ないし四、同第二〇号証は一ないし二七、同第三四号証は一ないし三、同第四二号証は一ないし五)を提出し、証人天羽正人、同乾武雄、同那波新三郎(第二回)、被告五洋代表者本人(第一ないし三回)、被告二宮到本人尋問を求め、被告等は甲第三六号証ないし三八号証、同第四〇号証ないし四三号証は原告の帳簿なることは認めるが内容は不知、同第五二号証の二、同第五四号証、同第五六号証は不知、爾余の甲号各証は成立を認めると述べ、被告二宮両名は、甲第一号証、同第八号証ないし二四号証、同第三〇号証、同第五三号証の二を利益に援用した。
理由
原告及び被告五洋が原告主張のような営業を営む会社であることは当事者間に争がない。
原告は昭和二九年四月二七日被告五洋に対し(イ)帆布六番スレン防水二、八八九ヤードを代金一、四九二、八六二円、(ロ)帆布八番硫化建防水三、七三四・七ヤードを代金一、三七七、七三一円で売渡したと主張し、原告主張のような売買が行はれた形式の存することは被告等の争はないところであつて、被告等は原告と被告五洋は通謀の上、原告から被告五洋に対する貸金を原告主張の売買に仮装したものであつて、真実右両者間に原告主張のような売買が行はれたことはないと主張するので、この点について判断すれば、証人西出他家、同那波新三郎(第一、二回)の証言、被告五洋代表者本人尋問の結果(第一ないし第三回)及び弁論の全趣旨を綜合すれば、被告五洋は昭和二八年一二月二九日原告から越年資金として金二、二五一、七〇〇円を借受け、また昭和二九年四月二七日訴外三和縫製株式会社に支払うべき縫製賃三五〇、三九四円を原告から借受けたが、原告会社においては、他会社に金融をしないことになつている関係上、原告と被告五洋との間に繊維製品の売買が行はれたような形式を採り、被告等主張のような帳簿上の操作をなして来たものであつて、真実原告主張の日時原告主張のような売買がなされたものでないことが認められ、右認定に反する証人天羽正人、同乾武雄、同富重節義、同前田太美蔵(第一ないし第三回)の証言部分は直ちに採用し難く、甲第四号証、同第二八号証、同第二九号証、同第三九号証の各一、二、丙第四四号証その他原告提出の甲号証中、原告主張の売買があつたような記載の存する部分は、前記認定の事実に照らし、原告主張事実を認める証拠となし難い。
そして原告主張の金額が被告五洋の借受金債務であることは被告等の自ら主張するところであつて、成立に争のない甲第三九号証の一、二、丙第二一号証の一によれば、右貸金の弁済期は昭和二九年一〇月二八日であつて、同日以降日歩三銭の割合による利息及び遅延損害金を付すべき約定の存したことが認められる。
被告五洋は、昭和二九年七月二日原告会社社員前田太美蔵が被告方に来り、被告五洋が取引先に対して有する債権を原告に譲渡すれば、金三〇〇万円を融通すると申入れたので、被告五洋は、同月六、七日までには必ず金融せられたい旨念達して債権を譲渡したところ、原告は右約定を履行せず、ために被告五洋は同月七日手形の不渡を出すの已むなきに至つたと主張するけれども、この点に関する証人那波新三郎の証言(第一、二回)、被告五洋代表者本人尋問の結果(第一ないし第三回)は証人前田太美蔵(第一ないし第三回)、同天羽正人、同乾武雄の証言及び成立に争のない甲第一九号証ないし二四号証によつて認められる被告五洋は手形不渡を出した後である昭和二九年七月二四日、同年八月一〇日、同年九月一五日にも原告に債権を譲渡している事実に徴すると直ちに採用し難く、他に被告主張事実を確認すべき証拠がないから、原告に右約定についての債務不履行のあることを前提とする被告五洋の抗弁は失当である。
次ぎに被告五洋は、昭和二九年七月五日から同年一〇月五日までに金五、三九九、一一八円を原告に支払い、また原告は被告五洋から債権譲渡を受けたりとなし、第三債務者から直接金一、八八〇、五〇七円の支払を受けていると主張し、原告が被告五洋から債権譲渡名義で合計金七、四八八、〇二五円の支払を受けたことは原告の認めるところであるけれども、成立に争のない甲第三号証の一、二、原告の帳簿であること争がなく、証人富重節義の証言によりその内容の成立を認め得る同第四〇号証によれば、右金員のうち金二、二四三、七七九円は昭和二九年八月二六日、被告五洋がさきに原告に宛て振出交付し、既に満期の到来していた約束手形二通の支払に充当せられ、残金五、二四四、二四六円は同年六月三〇日以降同年九月二二日までの取引による代金五、二四四、〇四六円の支払に充当せられたことが窺はれるから、被告五洋は金二〇〇円の過払をなしていることが計算上明らかであるけれども、右金二〇〇円が本訴債権の支払に充当されたことを認むべき証拠がなく、また右過払金返還請求権をもつて本訴債権と対当額において相殺する旨の意思表示も被告五洋のなさないところであるから、右過払ある事実は原告の本訴請求に何等の影響を与えるものではない。
そうだとすると被告五洋に対し貸金二、八七〇、五九三円及びこれに対する昭和二九年一〇月二八日以降支払済まで年六分の割合による利息及び損害金の支払を求める原告の予備的請求は正当である。
次ぎに原告と被告二宮両名との間において、同被告等が昭和二九年三月一一日原告と被告五洋との間における「繊維製品の売買並に其他の商品取引より発生する債務の履行を担保する為」被告二宮両名共有に係る別紙目録記載の不動産に根抵当権を設定し、且つ被告五洋の前記債務について連帯保証をなしたことは当事者間に争がなく、原告が本訴において請求する金員は被告五洋に対する貸付金であることは前記認定のとおりである。
被告二宮両名は右貸付金は根抵当権によつて担保され、且被告等が連帯保証をなした債務に該当しないと主張するので、この点について考えると、被告二宮到本人尋問の結果中には、被告二宮両名は被告五洋が原告から買受ける繊維製品及びこれに附属する商品債務に限り物上保証をなす意思であつたとの部分があるが、右供述部分は甲第一号証記載の文言に照らし、直ちに採用し得ないのみならず、仮りに被告二宮両名が右のような意思に基いて物上保証をなしたとしても、このことを原告に念達し、あるいは原告がこのことを知りまたは知り得べき状態にあつたことを認むべき証拠がないから、結局被告等が根抵当権を設定し、且つ連帯保証をなした被告五洋の債務の範囲は右物上保証当時の事情を参酌し、甲第一号証の文言を合理的に解釈して決定すべきものである。
そして証人天羽正人、同乾武雄、同前田太美蔵(第一ないし第三回)の証言、被告五洋代表者本人尋問の結果(第一ないし第三回)を綜合すれば、原告は被告五洋と数回の試験取引をなした後、同被告の製品が優秀であり、その事業が将来有望であると認め、これを育成する方針の下に、昭和二八年一二月二九日には、被告五洋の懇望により同被告に前記越年資金を貸付けたが、いよいよ本格的取引を開始する前提として被告五洋に担保の提供を求め、本件根抵当権設定及び連帯保証契約がなされるに至つたものであつて、被告五洋代表者本人尋問の結果(第一ないし第三回)、被告二宮到本人尋問の結果を綜合すれば、被告二宮両名は被告五洋の代表者である友永勝から前記事情を説明せられ、これを了承した上被告五洋の事業を応援する意図の下に前記根抵当権の設定及び連帯保証をなした事実を認めることができる。右認定の事実に、甲第一号証に「繊維製品及びこれに附属する商品の売買代金債務」と記載されておらず、「繊維製品の売買並に其他の商品取引より発生する債務」と記載されている事実を綜合すれば、甲第一号証の被告五洋の債務中には、繊維製品及びこれに附属する商品の売買代金債務のみならず、繊維製品その他の商品の売買取引を維持助長するに必要な行為から発生する債務をも包含せられるものと解するのを相当とし、本件貸金が被告五洋の越年資金及び三和縫製株式会社に対する縫製賃支払のためなされたものであることは被告等の自ら主張するところであるから、本件貸金は被告五洋の事業を維持し、その運営を円滑ならしめるのに必要な行為であり、延いて原告と被告五洋との間の売買取引を維持、助長するのに必要な行為ということができるから、結局本件貸金債務は甲第一号証所定の被告五洋の債務に包含せられるものといわなければならない。
そして本件根抵当権設定契約には期間の定めなく、原告が昭和二九年一一月一九日付書面をもつて、被告五洋に対し右契約に基く取引を将来に向つて解約する旨通知し、被告五洋がこれを承認して右当事者間の継続的取引関係が終了したことは被告二宮両名の自ら主張するところであるから、原告は本件根抵当権設定契約に定められた債権極度額四、八〇〇、〇〇〇円の限度内である前記貸金二、八七〇、五九三円につき別紙目録記載の物件に対し抵当権を実行し得べく、また被告二宮両名に対し、被告五洋と連帯して前記金員の支払を求め得べきものである。
そうだとすると被告二宮両名に対し被告五洋と連帯して前記貸金二、八七〇、五九三円及びこれに対する昭和二九年一〇月二八日以降年六分の割合による利息及び損害金の支払を訴求する原告の予備的請求は正当であるが、本件根抵当権の被担保債権が存在せず、根抵当権設定契約が有効に解約せられたことを前提とし、別紙物件目録記載の不動産についてなされた根抵当権設定登記の抹消登記手続を請求する被告二宮両名の原告に対する本訴請求は爾余の判断をなすまでもなく失当であつてこれを棄却すべきものである。
よつて民事訴訟法第八九条、第一九六条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 岩口守夫 山本久已 池尾隆良)
物件目録
東京都中野区江古田町四丁目一七五三番の四
一、宅地 三一九坪三合五勺
同所同番地の四
家屋番号同町四三三番
一、木造瓦葺平家建住家 一棟
建坪 四九坪
附属
一、木造瓦葺平家建物置 一棟
建坪 三坪五合